僕らは大人になっていくよ

 秋ではなく、晩夏のような日々です。皆様いかがお過ごしですか。晩夏と言えば、私の体型がもうすこし見れる状態だった頃、私はプール監視員のアルバイトをしていました。公営のプールだったのですが、粋な市の職員さんもいたもので公開日最終日の最後のシフトの時には毎年、山下達郎さんの「さよなら夏の日」が掛かるんです。僕たちはそれを監視台の上で聞くのですが、その歌詞の切なさもあいまって、毎日の厳しい訓練を思い出したり、明日からはみんなバラバラなんだなぁって思うともう、そのまま号泣してしまうわけです。
 そして、そういうプールにはだいたい、ほぼ毎日通ってくる近所のクソガキお子様もいらっしゃいまして、人がせっかく夏の終りの感傷に浸っているのに、どこで知ったのか僕の名前をフルネームで呼びながら監視台を蹴って来るのです。揺れると怖いんだってば。そんな晩夏の暮れゆく景色、プールサイドと塩素の匂い、皆様にもお届けできましたでしょうか。
 ……って、今日こそはCDCのことをきちんと書かないと!って思ってた前置きだったんですけど、やっぱり微妙になってしまいました。でもめげずに続けます。私たちの描く絵は「見る人に伝える、伝わる」ってすごく重要のような気がシマス(ほんとうは、イラスト絵と漫画絵を同義に語るのはとっても危険なのですが、ここはあえて「私たち」としますネ)。
 大概にして、絵を見た人は1秒以下でその絵に対する評価を決めるもんぢゃないすか。この絵はなんとなくスキ、キライとか。さらにそこで、作者の伝えたいことが「このキャラクターはこういうことをしているんですよ」ということなのか、「どう?ボクって絵が上手でしょ」なのかで、作品全体の印象さえも決まっちゃうと思うんです。
 自分の作品で見せたいモノは「何」のか。キャラなのか、景色なのか、空気感なのか、それとも描画の技術なのか。僕は、自分の作品を見てくださった方に、自分の見せたかったモノが届いた瞬間が一番嬉しいです。だからソレ無しで作品描いちゃうと、最高のご褒美が無くなるのでイマイチ燃えてこないです。「僕が描きたいものは何?」ぶっちゃけ、絵を描くことより、コレを探すことの方が重要なんじゃないかくらいに思えてしまいます。コレを必死に追っかけてるうちに、絵を上手に描くことって勝手に出来てくるような気がします。そしてコレを探すのにはやっぱり、同好の者たちの会話こそがいちばんなんじゃないかなぁと思いましての、CDCです。
 ひょっとしたら前置きいらなかったかもです。タイトルと本文が密接に繋がらないのも、僕の記事の特徴です。

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